

(写真:左がルーズベルト大統領、グルー駐日大使(下)、野村吉三郎駐米大使(右))
昭和16年(1941)12月8日、日本軍の真珠湾攻撃をアメリカ側が事前に察知していた経緯について、私は目下執筆中の一部で記述しました。あらましは次の通りです。 「奇妙なことに、日本に駐在していたアメリカ大使グルー (Joseph Grew) は、奇襲の1年近くも前に、日本海軍がアメリカに戦争を仕掛けるであろう、という情報を探知していた。彼はその
情報の信憑性(しんぴょうせい)について確認できなかったが、役目柄とにかくワシントンに報告した。グルーの報告を受け取ったアメリカ政府の高官たちの反応はまちまちだったが、ルーズベルト大統領を含めて、誰も真剣に対策を立てようとする気配をみせなかった、、、。」 ここで数便前にお知らせした『暗号解読』を思い出してください。当時アメリカの暗号解読技術は、難解な日本語に挑戦して、見事に解読を可能にしていたのです。そのことは極秘でしたが、日本側も電信が盗聴されていることを薄々承知していたので、手を変え品を変えして解読されまいという努力をしていました。アメリカの解読技術者たちは、一旦難解の壁を破ると、あとは次々と解読法を更新していったのです。
さて、以上を前提として、今から7年前、言い換えると大戦後55年経って、ロバート・スティネット(Robert B। Stinnett) という太平洋戦争のベテラン、アメリカ海軍の士官だった人が、『謀略の日(Day of Deceit)』という本を発表しました。副題が『真珠湾攻撃とルーズベルト大統領に関わる真相(The Truth about FDR and Pearl Harbor)』となっています。著者が半世紀以上もかけて調査した300ページ近い本の内容を全てお知らせするわけにいきませんが、本筋だけお伝えいたします。
先ず題名ですが、奇襲の直後、ルーズベルト大統領がアメリカ国民に所信表明をしたスピーチの中で、『その日』を『屈辱の日(Day of Infamy)』と呼んでいます。間もなくウォルター・ロードが同名の題でベストセラーを発表しました。スティネットの題名(Day of Deceit)は、明らかに往年の(Day of Infamy)を逆手にとった、と思われます。 スティネットの調査の発端は、アメリカ海軍が保存していた日本側の暗号解読の記録に抱いた疑問から始まり、その徹底追及に終わっています。それを可能にしたのは、彼の在任中を通じての輝かしい経歴でした。任期は大戦中で、その間彼は10個の勲章と大統領賞を与えられています。結論を急ぎましょう。
私の著述で、グルーから受けた日本軍の計画に関する報告に対して。「ルーズベルト大統領を含めて、誰も真剣に対策を立てようとする気配をみせなかった、、、。」と書きましたが、スティネットの本によると、それには裏があったのです。 グルーの情報源と別に、アメリカの海軍省は、独自の暗号解読の部門を持っていました。当時、駐米大使野村吉三郎、来栖三郎がワシントンに駐在し、日米交渉に当たっていましたが、彼らが東京と交わした報告、命令から始まって、帝国海軍、連合艦隊の交信に至るまで、全てがアメリカ側で盗聴され、解読され、記録され、ルーズベルト大統領に報告されていたのです。
すでにヨーロッパでは、ドイツのナチ軍が破竹の勢いで近隣の国々を席巻していましたが、アメリカは中立の立場を守り、国民も戦争に巻き込まれるのはご免だと、平和を享受していました。それでも、ドイツのUボートが大西洋に出没し、時にアメリカの船を沈めるなどの事件が屢々起こり、大統領としては、イギリスのチャーチル首相を支援してドイツに挑戦したかったのですが、国民の信頼を失うことを恐れていました。
折も折、海軍からの情報で、日本がアメリカを攻撃する計画を立てていることを知りました。大統領は、心の中で快哉を叫びました。日本が先に攻撃を仕掛けてきたら、「応戦」という大義名分をもって、日本とその同盟国であるドイツにも宣戦を布告できる、と考えたのです。
更に、日本軍の目標が、アメリカの太平洋艦隊が集結するハワイであることも知り、以後、ハワイに駐留しているキンメル司令長官に情報を送ることを差し止めたのです。 結果はご承知の通りです。
日本海軍の連合艦隊司令長官、山本五十六が立てた「奇襲」攻撃計画は「成功」し、ルーズベルト大統領は「屈辱の日」を挽回するため「止むに止まれず」宣戦を布告し、アメリカ国民は、思惑通り大統領の決断に諸手を挙げて賛同してくれたのです。 ルーズベルトは、戦争に関わりたくなかった国民を説得する努力をせずに、アメリカ人の殆どが日本、ドイツ、イタリーに対して敵愾心(てきがいしん)を燃やしてくれたのです。
ここで私は当惑し、思案いたしました。スティネットの『謀略の日』が、単なるセンセーショナルズムを狙った暴露本だったらためらうことなく無視できたのですが、著者の経歴といい、彼の徹底した調査法といい、十分な信頼性が感じられ、私はそれが真相だったと説得させられたからです。としたら、私の一文「ルーズベルト大統領を含めて、誰も真剣に対策を立てようとする気配をみせなかった、、、。」の箇所を訂正する必要があるかどうか、慎重に考えてみました。結論として、訂正しないことにしました。理由は二つあります。
一つは、ルーズベルトが真珠湾攻撃を知りながら、太平洋艦隊の司令官キンメルに防衛対策を立てる機会を与えなかったことは、「奇襲」という形で日本側に攻撃を「成功させたかった」からです。言い換えると、山本司令長官の作戦は、まんまとルーズベルトの謀略に乗せられて成功したことになります。そうした筋書きに変更をするとなると、山本五十六の存在意義から、勝敗に関わらず全ての戦闘の意味合いまで異なってしまいます。私は著作に感情を交えないことにしていますが、少なくとも山本長官だけは「悲劇の英雄」にしておきたかったからです。
二つ目は、緒戦から敗戦までの経過は、全て過去の歴史で、ルーズベルト大統領の思惑に言及してもしなくても変わることがないからです。
私は著述の内容を変更しない代わり、公正を期するため、『謀略の日』という本があることを読者に知らせることにしました。もし貴方が、そうした「真相」にご興味がありましたら、多分日本語に翻訳されていると思いますので、一読をお勧めいたします。
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